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メジャーリーグ編

院長です。

今日は昨日の続きから。Georgia College を卒業後、2回目で無事にトレーナーの資格にも合格しました。その後、メジャーリーグのスプリングトレーニングにインターンとして参加して、シアトル、サンディエゴ、アナハイムの3チームにトレーナーとして研修する機会をいただきました。98年夏には日米大学野球選手権大会の日本チームのトレーナーとしてアメリカでの大会に帯同をしました。98年の10月には日米野球ドームシリーズのために来日したメジャーリーグ選手団のトレーナーとして帯同しました。これらの経験とそこで知り合った監督をはじめとするスタッフ達や選手達を通してチャンスが広がりました。そしてついに98年のクリスマスに電話があって、翌年メジャーに挑戦する木田優夫選手のトレーナー兼通訳という仕事のオファーがあったのです。

翌年99年の1月の自主トレーニングから木田選手に合流して、木田選手が日本で受けている治療がアメリカでも出来るように指導を受けました。2月にはビザの関係で2週間ぐらい遅れての渡米、デトロイト・タイガースのキャンプ地であるレイクランドで木田選手とチームに合流したのでした。約1ヶ月間のスプリングトレーニングは慣れる間も無くあっという間に終わり、テキサス、ニューヨークでのアウェーからシーズンがスタートしたのでした。

テキサスは、4月上旬でも結構あったかく「ホロシャツ、半ズボンチノパンにチームのシャカシャカ」で全然大丈夫だったのですが、そのあと移動したニューヨークの試合では、雪もチラホラ舞うような気温で、その中でキャンプから直接移動した私達はチームから支給された「ポロシャツ、半パンツ、シャカシャカ」という格好でベンチに座っている姿を地元のテレビカメラに映されて笑いのタネにされたのも今となってはいい思い出です。

その後やっと地元デトロイトに戻り、記念すべき地元での開幕戦を迎えました。99年シーズンのデトロイトは、今まで使っていた「タイガース・スタジアム」が最後の1年で地元開幕戦は5万人を超える超満員でした。地元開幕3連戦の緒戦、選手、スタッフが一人一人呼ばれて3塁線上に整列しました。その中には最後から2番目でしたが私も呼ばれてどうやって走って行ったか覚えてないくらい舞い上がった状態で選手達の列に加わったのです。そして帽子を胸に「ナショナルアンサム」を歌ったのです。最後まで歌い終わる前に鳴り始めた5万人の観衆が叩く拍手の音が、本当に雨のように上から降ってきたのを体で感じ、「選手として一度でもこれを体験したら、活躍してまた何度でも聴きたくなるんだろうな。」と思いました。